今年が始まりました。
地平線から、雲のふちを金色に染めて、ゆっくりと空に溶け出すようにしてのぼってきた初日の出の太陽に感動した私の元旦でした。
ここは、岩手県宮古、田老町の海です。
年末年始は、この頃の私にとって、一年で一番暇な時期ですもので、家でぼーっとしているよりは、どこかへ、と思いまして、年末から、一人で旅に出ていました。
泊まっていたのは、グリーンピア三陸みやこ。震災の時には、避難所にもなっていたホテルで、部屋は、全部、海に向かっているオーシャンビュー。滞在中、ずっと海を眺めていました。
海は静かで優しげで、日がさすときらきらしていました。
巨大な津波が牙をむいて襲ってきたなんて、夢だったような感じでした。
今年、代表を務める音楽人形劇団パペレッタ・カンパニーで、東北キャラバンを計画しているのですが、ここを拠点の宿泊場所にしようかなあ、と思いまして。下見もかねて。そう、人数が多ければ、一番安そうなのです。

グリーンピアの広大な敷地内には、津波でほぼ全滅してしまった田老町の方々の仮設住宅がびっしり建っていて、駐車場にはプレハブの商店街も作られ、一つの町のようになっていますの。
ここの善助食堂のどんこから揚げ丼がすごくおいしかったです。
仮設住宅で暮らすのは、大変な日々だと思います。でも、元旦には子どもたちが、凧揚げをしたり、敷地内の凍った池のあたりで、楽しそうに遊んでいました。
グリーンピアから宮古までは、バスで40分。
宮古から、小本までは、三陸鉄道の北リアス線が、運転を開始していました。
むろん、乗りましたよ。昔、思っていたのです。旅にふらふら一人で行けるようになったら、三陸鉄道に乗って、東北のリアス式海岸の美しい景観を車窓から眺めたい、と。
途中、電車が田老町の駅を通過しました。周辺は、なにもありませんでした。
海以外には、なにも・・・。
駅は、山際の高くなっているところにあるので無事だったのですが、そこから海のほうに向かってびっしり立ち並んでいた家々は、ことごとく流されてしまったそうです。
やはり、茫然とします。
元旦は、お天気がよかったので、浄土ヶ浜にも行きました。
人を、浄土のようだと言わしめた海岸ですが、ほんとうに美しいです。この海岸を詠った宮沢賢治の詩の碑がたっていました。
バスの運転手さんの話だと、ここを何とかしなければ、観光客も戻ってこない、と頑張って、がれきを片付けたそうで、震災直後は、ここも無残な状態だったそうです。
むろん、バスのお客さんは、二人だけでした。私と、旅の途上であるらしい中年のおじさんと。

3日には、田老町から近い、岩泉町にある鍾乳洞にも行ってみました。龍泉洞という名前も今年にちなんでいるようで。
ところが、だれもいない。
せっかく来たからと、鍾乳洞の洞窟の中に入ったのですが、
足元はすべるし、階段は急だし、手すりの下を見たら、水が流れているし・・・。気が付いたのですが、私、高所恐怖症だっあのです。
怖くて、怖くて、でも、戻るのもなんかなあ、で。
なんとかじりじり進んでいったら、地底湖なる場所についたら、人の声。
な、なんと、潜水調査の人がウエットスーツを着て、この地の底の湖に潜ろうとしていたのです!その中には、若い女性も!
「あの~、あの~、地震なんか来たらどうするんです?」
と聞いたら、言われました。
「何十億年も前から、何度も地震にあって、壊れなかったんですから、大丈夫ですよ」って。
この鍾乳洞からは、縄文時代初期の遺跡が発見されたとか。
古代の人は、鍾乳洞に住んでいたのですね。確かに、洞窟の中は、外よりずっと暖かでしたのよ。
ともかく、思いました。
特別にできることなど、なんにもないけれど、
一番求められているのは、この地をたくさんの人が訪れるということ。
一人旅はいいですね。
旅に出て、日常を離れると、ちゃんとものを考えることができますね。
心に鬱屈している小さなたくさんの課題(ま、たいしたことじゃありませんが)に、ひとつひとつ、答えをだして、自分を納得させていかないと、なかなか人生を展開することはできませんものね。
ということで、今年もどうぞよろしくお願いします。